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『清められた神殿として』2026年7月5日
説教題: 『清められた神殿として』 聖書箇所: エレミヤ書7:1―11 聖書箇所: 新約聖書 マタイによる福音書21:12-17 説教日: 2026年7月5日・聖霊降臨節第7主日 説教: 大石 茉莉 牧師 ■はじめに 前回からともに聴いております21章から、主イエスがその人としてのご生涯を過ごされる最後の1週間となるエルサレムでの日々になっています。主イエスの受難週の日々です。主イエスはエルサレムにお入りになり、そして神殿に行かれました。そこで何をされたのかというと、神殿の境内で売り買いしていた人々を追い出し、両替人の台や鳩を売る者の腰掛けを倒されたというのが今日与えられた御言葉に記されている出来事です。このエルサレム神殿については前回もお話しいたしました。ソロモン王による第一神殿がバビロニアによって破壊され、帰還した民によって小規模な神殿が再建されました。その後、紀元前20年ごろにヘロデ大王によって大規模な拡張工事がなされていました。この神殿の外側には外壁があり、それは南北に長い長方形で東西側の壁はそれぞれ約500メートル、南北はそれぞれ
7月6日
『まことの王として』2026年6月28日
説教題: 『まことの王として』 聖書箇所: イザヤ書57:14-15 聖書箇所: 新約聖書 マタイによる福音書21:1-11 説教日: 2026年6月28日・聖霊降臨節第6主日 説教: 大石 茉莉 牧師 ■はじめに このマタイ福音書の連続講解に入りましたのが、2024年の7月でしたので、ほぼ2年にわたって共に聞いてまいりました。イエス・キリストの系図に始まり、誕生の次第が記された後、主イエスが洗礼者ヨハネから洗礼をお受けになって、そして主イエスの公生涯が始まりました。弟子を招き、そして癒しの御業を示されながら、神の国についての教えを語られました。律法学者、ファリサイ派と対立し、その緊張感も次第に高まりを見せてきました。場所はガリラヤ湖をホームグラウンドとしながら、北のシリア・フェニキアという異邦の地にも出向かれました。そしてご自身による3度の受難予告ののち、ガリラヤ湖から南へ、ヨルダン川沿いにエルサレムを目指して最後の道のりを歩んでこられたのです。ガリラヤ湖から死海まではおおよそ150キロぐらいと言われています。一日30キロ程度、おそらく5日ほ
6月29日
『見えるようになったら』2026年6月21日
説教題: 『見えるようになったら』 聖書箇所: 旧約聖書 列王記上3:4-14(旧531ページ) 聖書箇所: 新約聖書 マタイによる福音書20:29-34(新39ページ) 説教日: 2026年6月21日・聖霊降臨節第5主日 説教: 大石 茉莉 牧師 ■はじめに 「一行がエリコの町を出ると、大勢の群衆がイエスに従った。」前回、主イエスはご自身による3度目の受難予告をなさいました。場所はエルサレムへの途上。主イエスと弟子たち一行は列をなして、南へ、南へと下り、エルサレムを目指しています。ガリラヤからヨルダン川に沿って死海を目前にして西に向かうことになります。もうエルサレムは目前、エリコの町を出ました。エリコという町はエルサレムから30キロほどのところです。エルサレムに向かう者たちは必ず通る町であります。そしてここでの登場人物は二人の盲人であります。さて、先ほど今日の箇所を読んでいただいたわけですが、なんだか同じような話があったような・・・とお思いになったのではないでしょうか。9章27節から31節をご覧になってください。まるで双子のようなエピソード
6月22日
『仕えることを喜びとして』2026年6月14日
説教題: 『仕えることを喜びとして』 聖書箇所: 旧約聖書 詩編49:8-9 聖書箇所: 新約聖書 マタイによる福音書20:17-28 説教日: 2026年6月14日・聖霊降臨節第4主日 説教: 大石 茉莉 牧師 ■はじめに 主イエスがエルサレムに上って行く途中で受難予告をなさった。それが今日の箇所です。受難予告は主イエスによって3回なされ、小見出しにありますように、これが三度目の受難予告です。受難予告はその場所、そして内容は次第に深まりを見ています。第1回目は16章21節以下。場所はフィリポ・カイサリア地方、ガリラヤ湖の北側です。それはペトロが「あなたはメシア、生ける神の子です。」と告白した直後のことでした。第2回目は17章22節以下。場所は「一行がガリラヤに集まったとき」となっています。この時にお話しいたしましたように、単にガリラヤ湖の北側から戻ってきたというだけでなくて、ここからエルサレムに向かうのだ、という、いわば決起集会のような緊張感を持つものでありました。そして今日の第3回目に記されていますように、一行は南へ、南へ、刻一刻とエルサレ
6月15日
『後の者も、先の者も』2026年6月7日
説教題: 『後の者も、先の者も』 聖書箇所: 旧約聖書 詩編145:8-16 聖書箇所: 新約聖書 マタイによる福音書20:1-16 説教日: 2026年6月7日・聖霊降臨節第3主日 説教: 大石 茉莉 牧師 ■はじめに 「しかし、先にいる多くの者が後になり、後にいる多くの者が先になる。」前回19章の最後に主イエスはこのように言われました。19章の富める青年の出来事の後、ペトロが「私たちは何もかも捨ててあなたに従ってきました。何がいただけるでしょうか」と尋ねました。自分たちは先に従ったから、より大きな報いをもらえるはずだという弟子たちの思いに対して、主イエスは「先の者が後になり、後の者が先になる」と語られました。弟子たちへの警告の言葉としてお話しされたのち、今日の20章の「ぶどう園の労働者の譬え」においてそれが具体的に示されます。 ■ぶどう園のたとえ 1節にありますように、天の国のことがぶどう園を譬えとして語られます。ですから「ある家の主人」は天の父、神であります。ぶどう園の主人がそこで働く労働者を雇い入れるという話です。まずは夜明けと
6月8日
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