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『神は人となって』 2025年12月24日・クリスマスイヴ礼拝

  • 2025年12月25日
  • 読了時間: 6分

説教題: 『神は人となって』 

聖書箇所: ルカ2:1-20, イザヤ9:1, イザヤ書9:5-6

説教日: 2025年12月24日・クリスマスイヴ礼拝

説教: 大石 茉莉 牧師


■はじめに

皆様、主イエスのご降誕、おめでとうございます。今宵、私たちは救い主、主イエス・キリストの誕生を共に祝うためにここに集められました。感謝いたします。主イエスの御降誕をお祝いするクリスマス、それはおおよそ2千年前に起こった出来事です。今日、与えられた聖書であるルカによる福音書を記した福音書記者ルカは「そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。」と書き出しています。これは神が人として生まれてくださったという信じがたいことが事実であるということを告げるためであり、そしてまた、ローマ帝国が主イエスのお生まれになったパレスチナを支配する存在として権威を持っていたことを示しています。

 

■飼い葉桶に生まれた主

ヨセフとマリア、この若い二人は住民登録のため、ナザレという彼らの住まいからベツレヘムへと旅をしていましたが、月が満ちてマリアは幼子を産みました。しかし、その誕生は人々から歓迎されない狭く寒い場所でありました。「宿屋には彼らの泊まるところがなかった。」聖書はそう記しています。これは想像でありますけれども、ヨセフの親戚もいたであろうベツレヘムの町で彼らが泊まるところがなかったというのは、彼らが親戚たちから敬遠されていたからなのではないだろうかと思います。マリアの妊娠は彼らの結婚前に起こったことであり、当時の社会においてはそれを理由に結婚を取りやめにするということは当たり前なことでありました。場合によってはマリアを石打ちの刑にするということさえできたのです。ですから、親戚たちはそのようないわば訳ありのマリアとヨセフと関わり合うことを避けたとしても不思議ではありません。そのような厳しく辛い人間関係の中に主イエスは生まれてきたということなのです。彼ら、マリアとヨセフは社会の片隅に追いやられていた人々でありましたけれども、その小さな歩みの中で、神の救いのご計画は静かに、しかし確実に進められたのです。救い主である主イエスが寝かされたのは飼い葉桶、しかし、その飼い葉桶こそが神が人間の貧しさと痛みのただ中にこられたしるしなのです。

 

■最初に知らされた羊飼いたち

そして社会の片隅にいたのは、マリアとヨセフだけではありませんでした。夜通し野宿をしていた羊飼いたちも同じです。羊飼いという職業は、当時、さげすまれていました。それは羊を放牧して、何日も野宿をして暮らすために宗教的な戒律、規則を守ることが難しかったからと言われています。そのような存在である羊飼いたちに天使が近づき、そして「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。」と告げました。ローマ帝国によって支配されていたパレスチナは決して平和な国とは言えず、また、周辺の他民族との間には紛争もありました。力を持っていたのは、軍人であり、また、王や貴族、ユダヤ教の大祭司でしたが、救い主がお生まれになったというこの知らせは、そのような力を持つ者たちにではなく、片隅に生きる、弱い人々、虐げられていた人々、支配されていた人々に告げられました。それは救いとは、そのような弱い人々、悲しむ人々が大切にされていくということだからです。天使は言いました。「恐るな。わたしは民全体に与えられる大きな喜びを告げる。」神はこうして名もない人々の夜に光をともされました。

天使はさらに「あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」と羊飼いたちに告げました。救い主は温かい部屋のふかふかなベッドではなく、飼い葉桶の中に生まれました。それが羊飼いたちへのしるしである、そのように告げられたのです。天使が羊飼いたちに告げた言葉は、今も変わらずに私たちにも告げられています。このクリスマスという出来事は、神が弱さの中に現れたということです。高いところにおられる神が、最も低いところに降りてこられたということです。神が人としてお生まれになった、それは神がこの地上に立たれたということなのです。神は遠くから眺めておられるのではなくて、私たちと同じところに来てくださったのです。それゆえに救いはどんな人にも届くものとなりました。私たちのこの世界、争いがあり、痛みがあります。そのような世界に生きる私たちに、苦しみを共に担い、悲しみを私が癒そう、そのように言ってくださるお方が来てくださった、それがクリスマスの出来事なのです。

 

■光を受けて

羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか。」そう言って、急いで行って、マリアとヨセフ、そして飼い葉桶に寝かせてある幼子を探し当てました。そして羊飼いたちは神を賛美しながら帰っていきました。彼ら、羊飼いたちは闇の中を歩んでいた民でした。その民に大いなる光が与えられ、彼らの上に光が輝いたのです。彼らは光によって変えられ、光を受け取って力強く歩みだしました。天使たちは歌います。「いと高きところには栄光、神にあれ。地には平和、御心にかなう人にあれ。」この「平和」と訳されている言葉は、元のヘブライ語では、「シャローム」という言葉です。単に戦争のない状態ということではなく、神と人との間に愛と和解が満ちた状態ということです。そしてそれは神によってもたらされるものです。神はこのクリスマスの時、平和をひとりの幼子としてこの世に差し出してくださいました。イザヤ書9章5節「ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。ひとりの男の子がわたしたちに与えられた。権威が彼の肩にある。その名は、「驚くべき指導者、力ある神/永遠の父、平和の君」と唱えられる。」私たちにはこうして神の祝福が与えられています。

 

■結び

神の私たち人間への愛がこのクリスマスの時に、大いなる光として灯されました。私たちが生きる世界には闇がありますけれども、今日、今、この時、私たちは光のもとに集まりました。このクリスマスの明かりが灯されているこの場所に、悲しみも苦しみも持ち寄って下さってよいのです。神は人となって、私たちのところに来てくださり、そして今も共にいてくださいます。この場所で、一緒に主イエス・キリストを迎えましょう。そして共に神を賛美いたしましょう。私たちに与えられた希望を多くの人と共に分かち合いたいのです。主の平和がここにおられるお一人お一人と共に、豊かにありますように。

 
 
 

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